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高松高等裁判所 平成6年(行コ)4号 判決 1997年9月19日

控訴人

三木俊治

右訴訟代理弁護士

松尾啓次

松尾泰三

田中浩三

参加人

徳島市長

小池正勝

右訴訟代理人弁護士

朝田啓祐

元井信介

被控訴人

圃山靖助

右訴訟代理人弁護士

井上善雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の主位的請求を棄却する。

三  被控訴人の当審における予備的請求にかかる訴えを却下する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  (当審におけるける予備的請求)

控訴人は、徳島市に対し、六八四三万八四三一円を支払え。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件事案の概要は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」記載のとおり(ただし、控訴人に関する部分に限る。)であるから、これを引用する。

二  (原判決の補訂)

原判決三枚目裏九行目の「不正交付」を「不正受領」と、同四枚目表二行目の「納付義務が消滅していない」を「納付義務を消滅させるべきでない」と、同五枚目表九行目の「調整交付金の交付」を「調整交付金の交付申請」と、同七枚目裏六行目の「同4の事実は認める。」を「同4の事実のうち、被控訴人が監査請求をしたこと、及びそれが棄却されたことを認め、監査請求の内容は争う。本件監査請求の内容は、昭和六二年度から平成元年度までの財政調整交付金の国に対する申請行為(以下「本件交付金申請」という。)を指して、地方自治法(以下「法」という。)二四二条一項の「違法な財産の取得」であると主張したものと解するべきである。」と、それぞれ改める。

三  当審における主張

1  監査請求の対象行為と住民訴訟のそれとの同一性

(控訴人)

本件監査請求の内容は、本件交付金申請を指して、法二四二条一項の「違法な財産の取得」であると主張したものであり、他方、本件住民訴訟の対象行為には、法二四二条の二第一項四号後段の「怠る事実」に係る相手方に対するものとしての徳島市の損害賠償請求権の不行使を含んでいる。

したがって、監査請求の対象行為と住民訴訟の対象行為とは同一性がない。

(被控訴人)

本訴請求は、法二四二条の二第一項四号前段及び後段により、控訴人に対し、控訴人が徳島市に対し、部下の指揮監督義務違反によって徳島市に被らせた損害の賠償を求めるものであるが、本件監査請求には、右請求権の不行使を含んでいる。

2  本件監査請求の期間徒過

(控訴人)

本件交付金申請は、昭和六二年度は昭和六三年二月二二日、昭和六三年度は平成元年二月二二日、平成元年度は平成二年二月一五日になされ、調整交付金の取得は、昭和六二年度分については昭和六三年四月一一日、昭和六三年度分については平成元年四月一四日、平成元年度分については平成二年四月一四日にそれぞれ取得している。

しかし、本件監査請求は、平成三年五月二二日になされたものであり、いずれの交付金申請からも一年を経過しているから、不適法である。

(被控訴人)

本件交付金申請により交付を受けた超過交付金に対する「加算金」相当額の損害は、平成三年一月二二日に支出命令を発して同月二三日の支払命令書により国に支払われた時点で発生したものである。

本件監査請求は、右時点から一年を経過していないので、適法である。違法な本件交付金申請は、会計検査院の監査でその不正が明らかにされたもので、被控訴人ら市民が本件交付金申請の時点でもその受領時点でも知り得ることは不可能であった。

3  昭和六二年度、六三年度の調定減(保険料調定額を減額すること、以下「本件調定減」という。)の違法性

(控訴人)

調定減の趣旨目的は、国民健康保険の保険料(以下単に「保険料」という。)の徴収に関する数額(金額)、つまり保険料未収額は徴収実績をより実態に即した数額としてより合理的に把握するためであった。執行停止と同時に調定減をする処理方法は右の趣旨目的に照らせば合理的であり、必ずしも違法とはいえない。

(被控訴人)

保険料は、法令、規則、通達に従って適正に徴収されなければならない。

調整交付金は、全国の自治体に公平公正に交付されるべきものであり、徳島市のみの主観的解釈によることはできない。

4  本件交付金申請の違法性(調定減の違法性の承継)

(控訴人)

本件交付金申請は、関係法令に従い、前年度の収納率を使用してなされたもので、それ自体違法な点はない。本件交付金申請に使用する収納割合は関係法令によって機械的に定められた数値であって、しかも決算で承認された数値であり、変更する余地はない。

違法な先行行為の目的が後行行為を行うことに向けられているとき、後行行為も違法と評価される。これを本件についてみると、徳島市が執行停止と同時に調定減をしたのは、昭和五八年度からであり、昭和六一年度になって初めて調定減が交付金の金額に影響を与えるようになったのであって、調定減が交付金申請を目的としてなされたものではない。したがって、調定減の違法が承継されて本件交付金申請が違法となることはない。

(被控訴人)

法二四二条の二第一項四号後段の請求においては、本件調定減ないし本件交付金申請の行為毎に峻別して違法性を論じる必要はない。

また、控訴人を含む担当職員は、地方自治体が保険料の厳正な徴収を含む保険事務を行う前提の下に法令で予め定められた水準に応じ、国が調整交付金を給付していることを知らない訳がなく、その調定減が本件交付金申請に使われるものであることを知っていながら、違法に調定減をしたものである。

5  控訴人の責任

(控訴人)

徳島市監査委員(以下「監査委員」という。)の昭和六二、六三年度の指摘、指導については、市長の控訴人に何の報告もなく、かえって両年度の市長宛提出された各「徳島市各会計歳入歳出決算審査意見書」には、右の点に一言も触れられていなかったから、控訴人の知るところではなかった。

従って、控訴人は、故意又は過失により保険年金課長の違法な財務会計行為を阻止しなかったとはいえない。

平成元年度には、監査委員から市長宛に、国民健康保険料における滞納処分の執行停止事務の是正についてと題する書面が提出されたが、部長決裁により、右事務につき不適正な処理をしない旨回答し、控訴人はこれを知る状況になかった。

(被控訴人)

1  保険年金課長が専決権者として、関係法令に違反して本件調定減及びそれに基づく本件交付金申請を行ったことにつき、控訴人は、同課長を指導監督する立場にありながら、同課長の違法行為を是正しなかった過失により、徳島市が被った加算金相当額の損害を賠償する責任がある。

2  市長の控訴人は、昭和六二年以降監査委員の指摘にもかかわらず、保険年金課長の違法な本件調定減及び調整交付金申請を阻止しなかった安易な執行体制を、続行するに任せていた安易な指導監督体制の「放置状態」そのものに重大な過失がある。

6 損害

(控訴人)

国から付加された加算金は、いわば返還を受けるまでの金利に代わるものとして付加されたもので、他方で、徳島市は交付を受けた調整交付金を運用してこれを返還するまでの間に収益(昭和六一年度から平成二年度までの年間平均運用利率は5.39%)をあげているから、徳島市の被った損害はこの運用益を控除しなければならない。

(被控訴人)

調整交付金の交付を不正に受け、それを特別に経済的に運用して利益をあげていた事実はない。仮に、右事実があるとしても、徳島市は国に対し運用益の不当利得金返還義務を負うというべきであり、その債務を負担しているから、結局徳島市は利得を得ていない。

7 加算金支払の違法性

(控訴人)

厚生省は、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適化法」という。)一七条一項及び一九条一項の解釈を誤り、本件交付決定の取消しに加算金を付してはならないのに違法な加算金支払を命じたため、損害が発生したもので、控訴人の指揮監督義務違反と損害の発生とは因果関係を欠くものである。

即ち、補助金の交付決定の取消しには、(1)事情変更に伴う職権による取消し、(2)義務違反による取消し、(3)瑕疵ある交付決定の取消し、の三種類があるとされている。

本件は、交付申請に使用した数値が誤っていたのであるから、瑕疵ある交付決定にあたる。しかるに、適化法一七条一項は、(2)について定めるもので、(3)には適用がないから、同条項に基づく取消しを前提とする同法一九条一項の加算金は、これを付し得ないものである。

(被控訴人)

厚生省は、国民健康保険法七二条ないし八一条及び国民健康保険の調整交付金の交付額の算定に関する省令に反して違法な調定減をし、それに基づく過大な調整交付金を得たという、適化法一七条一項(右(2))の事業遂行義務違反があったとして、徳島市に対し加算金の支払を命じたもので、控訴人の右主張は失当である。

四  被控訴人の当審における予備的請求について

(被控訴人の予備的請求原因)

1 仮に、厚生省が徳島市に対し違法な加算金の支払を命じたとすれば、控訴人は、平成三年一月二二日、違法な加算金六八四三万八四三一円を支払う義務がないのに過失によりその支払を命じ、徳島市に同額の損害を与えた。

よって、被控訴人は、控訴人が徳島市に対し、不法行為に基づき六八四三万八四三一円の損害賠償金の支払を求める。

2 控訴人の本案前の主張は争う。本件監査請求では、加算金の支払によって徳島市が被った損害の補填を求める趣旨が含まれていて、監査請求前置主義の要件を満たしている。

(控訴人の予備的請求原因に対する認否)

1 予備的請求は、監査請求を経ていないから、不適法である。

2 控訴人には、何らの過失責任がない。

厚生省は国保補助金に関する主務官庁であって、適化法の適用にあたっては適切な運用を行うべき義務と権限を有する。このような立場にある厚生省から加算金の支払を命じられれば、その支払義務があると考えざるを得ないから、その支払を命じた控訴人に過失はない。まして、加算金の支払は、会計事務に関する監督権者であり最高の権威である会計検査院の判断の結果、厚生省がその支払を命じたのであるから、なおさら過失はない。

第三  証拠関係

証拠関係は、原審記録中の書証目録並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  監査請求の前置、監査請求の対象行為と住民訴訟のそれとの同一性

住民訴訟の対象は、法二四二条一項に列挙された住民監査請求の対象となる行為又は不作為(以下「財務会計上の行為又は怠る事実」という。)であって、住民監査請求を経たものでなければならないので、以下検討する。

1  本件監査請求の対象

(一) 甲一号証によれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人外一名は、平成三年五月二二日、監査委員に対し、法二四二条一項に基づき、本件監査請求をしたが、その内容は次のとおりである。

徳島市長、保健衛生部長及び保険年金課長ら関係職員は、財政調整交付金の超過交付金五億六四一〇万五四三一円を、平成三年一月二二日に支出命令を発して国に返還したが、そのうち、右返還に伴う加算金六八四三万八四三一円は、次の理由により違法な公金の支出であり、徳島市に損害を与えた。

保健衛生部長及び保険年金課長ら関係職員は、徳島市長の指示あるいは了解のもと、国民健康保険の調整交付金の交付額の算定に関する省令に違反する虚偽の公文書を作成して違法な本件交付金申請をし、これを受領したほか、監査委員から昭和六一年度の監査において、「不正交付を受けた疑い」があり、主管課長の決裁権についても問題があり不適切との指摘を受けたのに、これを改めなかった結果、不正に交付を受けた調整交付金の返還のほか、加算金として昭和六二年度分から平成元年度分の合計六八四三万八四三一円の支払を命じられた。

よって、市長、保険衛生部長、保険年金課長ら関係職員に徳島市の被った損害六八四三万八四三一円を補填させるなど適切な措置を求めた。

(二) 右認定事実及び後記六2の監査委員の指摘事項に微すれば、被控訴人は、徳島市長、保健衛生部長及び保険年金課長ら関係職員が加算金の支払を命じられた原因となった財務会計上の行為、即ち、本件交付金申請及び調定減を違法な財務会計行為であるとして、これにより「違法な財産の取得」をしたと指摘して、そのため徳島市が被った加算金相当額の補填等の是正措置を求めたものと認められる。

右是正措置の内容を合理的に理解するならば、本件交付金申請及び調定減が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使を違法とする財産の管理を怠る事実についての監査請求をもその対象として含んでいると解される(最判昭和六二年二月二〇日民集四一巻一号一二二頁)。

2  住民訴訟の対象行為

被控訴人は、法二四二条の二第一項四号前段及び後段に基づき、控訴人に対し、違法な本件交付金申請及び調定減により発生した損害の賠償を求めているから、住民訴訟の対象行為と監査請求のそれとは同一性がある。

なお、本件調定減は公金の賦課及び徴収に関する行為であるから財務会計上の行為であることは明らかである。

二  監査請求の期間徒過について

1  証拠(甲一五、丙三一の1)によれば、次の事実を認めることができる。

徳島市は、昭和六二年度から平成元年度までの各年度の調整交付金の申請につき、いずれの年度も、四月、一一月頃及び二月の合計三回にわたりその申請をした。

これに対し、厚生省は、いずれの年度も五月に交付決定を行い、五月と一一月及び四月の合計三回にわたり、分割して調整交付金を交付した(丙三一の1)。

2  ところで、本件交付金申請及び調定減は、平成元年五月二九日から同年六月一日にかけて検査を行った会計検査院からその不正を指摘されるとともに、本件交付金申請に係る昭和六二年度から平成元年度までの間の調整交付金につき、厚生省から平成三年一月一九日県知事を介して(丙三の5ないし7)加算金の支払を命じられ、平成三年一月二二日の支出命令及び同月二三日付の支出調書に基づき、加算金が支払われたことは当事者間に争いがない。また、本件交付金申請及び調定減の不正は、被控訴人ら市民がその調整交付金の申請時点でもその受領時点でも知り得ることは不可能であった(弁論の全趣旨)。

3  右1、2の事実によれば、平成三年五月二二日に行われた本件監査請求は、本件調定減及び交付金申請の各行為から一年を経過しているが、住民である被控訴人は、徳島市が加算金の支払を命じられてその損害の発生が現実化した平成三年一月二三日まで、本件調定減及び交付金申請についてその是正措置を求めることができなかったと認められ、右損害が現実に発生したときから相当期間内に行われた本件監査請求は、期間を遵守できなかったことにつき正当な理由があると認められるので、適法であると解するのが相当である。

三  請求原因1項につき、被控訴人が徳島市の住民であり、控訴人が昭和六〇年三月から平成五年三月まで徳島市市長の職にあった者であったことは、当事者間に争いがない(在職期間については乙一四)。

四  請求原因2項(調整交付金の不正受領及び加算金の支払)の事実は当事者間に争いがない。

調整交付金制度の概要、調整交付金の交付額の算定方法及び加算金支払に至る経緯については、次のとおり付加・訂正するほか、原判決八枚目裏六行目から同一四枚目表一行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八枚目裏六行目を次のとおり改める。

「1 証拠(丙七ないし九、一四、当審証人佐藤功)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 調整交付金制度の概要」

2  原判決一一枚目表三行目の「執行停止の措置を採る」を「執行停止の措置を採った場合に、同時に執行停止に係る保険料調定額を消滅させる措置も採る」と、同末行目の「(以下「本件調定減」という。)」を「(本件調定減)」と、同一二枚目裏七行目の「定めれられている」を「定められている」と、同一三枚目表一〇行目の「平成三年一一月」を「平成三年一月」と、それぞれ改める。

3  一四枚目表一行目の次に以下を加える。

「(二) 厚生省の加算金支払命令の発令経緯

証拠(甲一五、丙三二の1ないし20)によれば、次の事実を認めることができる。

厚生省は、調整交付金について、毎年五月に交付決定を行い、年度末の三月に、適化法一四条による各市町村からの事業実績報告に基づいて交付額の確定を行っている。五月の交付決定は、前年度の交付実績に基づいて当該保険者に対して当該年度において交付金を交付することを決定するものであり、交付額についてはあくまでも概算で決定するものである。この交付決定に基づき市町村に対しては、年度途中において、前年度実績の一定程度を概算交付しているが、これは、当該年度における保険者の資金繰り等を考慮したものである。

徳島市に対する昭和六二年度から平成元年度までの交付金も右に従い、毎年五月に交付決定を行い、年度途中で概算払いをし、年度末の三月に徳島市の事業実績報告書に基づいて交付額を確定した。

しかるに、徳島市は、交付決定後に、昭和六二年度及び同六三年度においては不適切な調定減を行って不適切な保険料調定額の算定及びこれに基づく保険料収納割合の算出を行い、昭和六二年度から平成元年度までは、交付額の確定において重要な算定基礎となる事業報告においても不適切な保険料収納割合を報告した。

そこで、厚生省は本件加算金支払を命じた。」

五  本件調定減及び交付金申請の違法性

徳島市において、昭和六二年度から平成元年度までの間、保険料の調定減の措置及び調整交付金の交付申請の手続は保険年金課長の専決事項であったので(丙一一)、同課長によって、本件調定減及び交付金申請の各行為が行われた(当審における分離前の控訴人郡博本人)。

同課長は、右専決権限に基づき、昭和六二年度に三四二四件の滞納保険料一億九三一八万一一三〇円の、昭和六三年度に二〇七一件の滞納保険料一億五〇一九万七六三〇円の調定減を行った(丙一の2、二の1ないし4)。

1  本件調定減の違法性

(一) 国民健康保険法(以下「国保法」という。)七九条の二により、市町村の徴収する保険料は、地方自治法二三一条の三第三項の「歳入」とされ、同条項によれば、滞納保険料は、地方税の滞納処分の例により処分することができると定められている。

そして、地方税法一五条の七第五項には、滞納処分の執行を停止した場合において、徴収金を徴収することができないことが明らかであるときは、地方公共団体の長は、徴収金を納付し、又は納入する義務を直ちに消滅させることができるとされている。

本件調定減において、徳島市(保険年金課長)は、右規定により、滞納処分の執行を停止した者に対し、執行停止と同時に調定減を行ったものである。

(二) しかしながら、地方税法一五条の七第五項によれば、滞納処分の執行を停止した場合においても、原則としては同時に保険料納付義務を消滅させるべきでなく、例外的に「保険料が限定承認に係るものであるとき、その他保険料を徴収することができないことが明らかであるときに」に限定して保険料の調定額を直ちに減額することができると明記されている。

したがって、右規定を無視してなした徳島市の本件調定減の取扱いは違法といわなければならない。

そして、違法な本件調定減により、調整交付金の計算の基になる保険料収納割合の分母である調定額が小さくなって保険料収納割合が増加し、右調定減をしない場合と比べて、調整交付金が多く交付させることになった。

2  本件交付金申請の違法性

(一) 本件交付金申請は、国民健康保険の調整交付金の交付額の算定に関する省令七条に従い、当該年度収納割合よりも前年度収納割合の方が高かったので、前年度の収納割合を使用してなされたものであり(当審における分離前の控訴人郡博本人、弁論の全趣旨)、右省令の適用自体に違法な点はない。

また、調定減は、的確な国保財政の歳入額を把握する目的のために行うものであって、調整交付金申請を目的としてなされるものではなく(乙四)、現に、徳島市が執行停止と同時に調定減をしたのは、昭和五八年であり、昭和六一年になって初めて調定減が普通調整交付金の金額に影響を与えるようになった(収納率向上対策金にあっては昭和六〇年度から昭和六二年度まで影響があった。)のであって、調定減が交付金申請を目的としてなされたものではない(丙一の2、二の3、4)。

(二)しかしながら、保険年金課長は、調定減と交付金申請につきいずれも専決権者であり、また、右省令七条の機械的な適用上違法な調定減を行えば保険料の収納割合が増加して交付金の不正な交付申請を行うことになる蓋然性が高いことを少なくとも容易に知り得たと認められるから、交付金の不正受給に至らぬように注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り違法な本件調定減を行いあるいはその是正をせずに本件交付金申請を行ったと解されるところである。さらに後記六2のとおり、同課長は、昭和六二年一二月及び昭和六三年一〇月の二回にわたり、監査委員から調定減の解釈が不適切であるとの指摘を受けながら、これを改めなかった。

右の事情も加味して本件交付金申請の違法性を判断すると、本件交付金申請は、形式上右省令七条に従っていることだけから違法性がないとはいえず、違法な調定減により交付金を不正に受給することが予見できるのに、これを回避せず又はその是正をしないで行われたものであるから、本件交付金申請はいずれも違法であると解するのが相当である。

なお右の判断は、調定減の違法性を承継することを前提に本件交付金申請が違法であるとするものではないから、控訴人の右違法性の承継に関する主張は採用しない。

六  控訴人の指揮監督上の責任

1  本件調定減及び交付金申請の各行為は、保険年金課長の専決処分によって行われたところ、専決を任された補助職員が市長の権限に属する財務会計上の行為を専決で処理した場合は、市長は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、地方公共団体に対し、右補助職員がした財務会計上の違法行為により地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うと解される(最判平成三年一二月二〇日民集四五巻九号一四五五頁参照)。

2  そこで、控訴人の本件調定減及び交付申請を阻止すべき指揮監督上の義務違反の有無について検討する。

(一) 証拠(乙八、一四、丙五、六、一〇の1、2、一九、二〇、二二、二三の各1、2、二八の1ないし5)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 監査委員は、法一九九条三項に基づき実施した保険衛生部の昭和六一年度の定期監査の結果につき、昭和六二年一二月二五日、同部長、保険年金課長らに対し、講評を実施し、その「指摘・要望事項等」の中で、①昭和六一年度において、保険料の滞納処分の執行停止が安易に行われているのではないかと思われるものがあるので、今後は十分実態を調査のうえ処理するとともに、多額であり課長の決済権限について再検討すること、②執行停止と同時に調定減をしているが、執行停止に対する解釈が不適正であるので、課内において見解を是正し処理することを求めた(丙五)。

これに対して、同部長は、監査委員に対し、昭和六三年一月一二日付書面で、①につき、滞納処分の執行停止については、実情を把握し、適正に処理したい、決済処理については、「滞納処分執行停止調書」の一件毎になるので、課長決裁としたい旨報告したが、②については何ら報告をしなかった。右報告は、部長決裁により、部長名で行われ(丙五)、市長の控訴人は、右「指摘・要望事項等」を認識していなかった。

監査委員は、右報告を受理した後、法一九九条九項に基づき定期監査の結果に対する報告を公表し、市長にもこれを提出したが、調定減及び交付金申請のことは一切触れていなかった(丙一〇の1)。

(2) 監査委員は、昭和六三年一〇月に実施した昭和六二年度決算審査において、再度右②の是正措置を検討するように、監査事務局職員を通じ保険年金課の職員に口頭で指導を行った。これに対し、担当課は特に改善の措置を講じなかった(丙六)。

市長の控訴人は、右指導を認識していなかった(乙一四、丙二八の1)。

監査委員が市長に提出した昭和六三年度の定期監査の結果である「徳島市各会計歳入歳出決算報告書」には、調定減及び交付金申請のことが一切触れられていなかった(丙一〇の2)

(3) 監査委員は、右②の是正措置に改善のあとがなかったことから、平成元年一〇月一六日付けで、徳島市長宛の「保険料における滞納処分の執行停止事務の是正について」と題する書面を提出した。ここに至って、保険衛生部長は従前の態度を改め、徳島市長名で監査委員に対し、同月三〇日付け文書で、右②指摘の不適正な調定減をしない旨回答した(丙六)。

しかし、監査委員からの右文書及び徳島市長名の右回答書は、当時の担当部長、副部長、課長及び課員が監督委員の指摘事項を協議した上(乙八)、部長決裁により回答されたので(丙二八の1の右隅上の決裁権者欄)、市長の控訴人は、右指摘事項を認識していなかった。

なお、昭和六三年九月に実施された厚生省の指導監査について、平成元年四月二五日付けで、徳島県福祉生活部長から徳島市長宛に「国民健康保険指導監査の結果及びこれに伴う指摘事項の改善状況について」と題する通知(丙一九)があり、これに対して同年五月三一日付けで同部長宛に徳島市長の報告書(丙二二の1、2)が提出されたが、右指導監査においても、調定減及び交付金申請については何ら触れられていなかったし、右書類はいずれも部長あるいは課長により決裁され、市長の控訴人はこれを認識していない。

(4) 平成元年七月に実施された厚生省の指導監査について、平成二年一月一八日付けで、徳島県福祉生活部長から徳島市長宛に右と同様の通知(丙二〇)があり、これに対して同年二月二八日付けで同部長宛に徳島市長の報告書(丙二三の1、2)が提出されたが、右指導監査においても、調定減及び交付金申請については何ら触れられていなかったし、右書類はいずれも部長により決裁され、市長の控訴人はこれを認識していない。

控訴人は、平成二年五月下旬に会計検査院の検査が実施されることとなった際、本件調定減及び交付金申請についての問題点とその違法性を知るに至った(乙一四)。

(二)  右認定事実によれば、昭和六二年度から平成元年度にかけて、監査委員が本件調定減の不適切さを指摘してきたが、これに対しては部長以下の職員が協議の上、同人らの決裁により対応措置をとってきたもので、控訴人はこれを認識していなかったこと、厚生省の指導監査においても本件調定減及び交付金申請に触れていないことなど右認定の諸事情に照らすと、控訴人が本件調定減及び交付金申請の違法性を知り得る状況にあったと認めるに足りないというべきである。

そうだとすると、控訴人には、保険年金課長の違法な本件調定減及び交付金申請の各行為を阻止しなかったことに過失があったと認めることができない。

被控訴人は、監査委員の指摘にもかかわらず、保険年金課長の違法な本件調定減及び交付金申請を阻止しなかった安易な執行体制を、続行するに任せていた安易な指導監督体制の「放置状態」そのものに過失がある旨主張するが、右主張は控訴人の政治的責任の根拠となり得ても、具体的な事実主張に欠ける上、右事実認定のもとでは控訴人の過失を認めることはできない。

七  被控訴人の予備的請求にかかる訴えと監査請求の前置

被控訴人の予備的請求にかかる訴えは、控訴人が、平成三年一月二二日、違法な加算金六八四三万八四三一円を支払う義務がないのにその支払を命じ、徳島市に同額の損害を与えたとして、控訴人に対し、その損害賠償の支払を求める訴えである。

しかし、本件監査請求において、加算金の支払命令自体が違法であるのに、控訴人がその支払を命じたことにつき、監査を求めたものとは認められない(甲一)。もっとも、本件監査請求書の文言中、加算金が違法な公金支出と表現する箇所があるが、同請求書全体の趣旨からすると、加算金支払命令が違法なのにその支払を命じた行為の是正を求めたのではなく、加算金の支払に至った違法な財務会計上の行為(調定減及び交付金申請)の是正を求めたものであると認められる。

また、被控訴人が他に監査請求をしたことを認めることができない。

よって、右予備的請求にかかる訴えは、監査請求を経ていない不適法な訴えであり、却下をまぬがれない。

第五  結論

以上のとおり、被控訴人の主位的請求は、その余の判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却すべきであり、当審における予備的請求にかかる訴えは不適法であるから却下をまぬがれない。

よって、右と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大石貢二 裁判官 馬渕勉 裁判官 重吉理美)

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